有識者鼎談IoTがもたらす人類の未来とは

IoT×IA

  • 神奈川工科大学 創造工学部 教授 一色正男

    神奈川工科大学
    創造工学部 教授
    一色正男 氏

    インターネット黎明期よりIoTが普及する未来を予見し、その実現に向けた活動に取り組んできた。インターネットと家電製品などの機器が連携するために欠かせない通信規格「ECHONET Lite」の技術研究・開発支援を行っている「スマートハウス研究センター」の所長。また、W3C/Keio元サイトマネージャーや経産省管轄のJSCA、スマートハウス・ビル標準・事業促進等検討会 HEMSタスクフォース座長も務めており、日本のIoT技術の発展を牽引している。

  • ITRA株式会社 執行役員 山田宏樹

    ITRA株式会社
    執行役員
    山田宏樹

    ITRA株式会社 執行役員。2010年からマサチューセッツ工科大学W3C本部に客員研究員として参画し、IoTに必要な技術の一つであるHTML5の開発に携わる。その後、インド開発センターの責任者を務め、海外の最新IT技術やビジネス動向に精通する。

  • インターネット・アカデミー カリキュラム開発局 木村哲

    インターネット・アカデミー
    カリキュラム開発局
    木村哲

    インターネット・アカデミーのカリキュラム開発責任者。プログラミングやデジタルマーケティング、デザインなどさまざまなIT分野の講座を開発。2020年7月に開講したIoT講座では、スマートハウス研究センターとの新カリキュラム共同開発の中心メンバーとして活躍。

オープンな標準インターフェースは
人類にとって大きな財産

オープンな標準インターフェースは人類にとって大きな財産
インターネット・アカデミー カリキュラム開発局 木村哲
木村

一色顧問は、1990年代からWebに関する技術の第一線でご活躍され、技術の発展に大きく貢献されていらっしゃいます。近年注目を集めているIoT技術に関しても、この技術がまだまだ世間に認知されていない2000年代から、すでに原形を構想されていらっしゃったと伺っています。IoTやWebに関する技術は、これまでどのような歴史をたどってきたのでしょうか。そして、IoTとWebの技術はどのような関係にあるのでしょうか。

神奈川工科大学 創造工学部 教授 一色正男
一色氏

インターネットの世界が素晴らしく進歩することになった大きな出来事のひとつとして、2009年に「HTML5にXML仕様を統合する」ということがありました。XML仕様は、機械が読むのには非常に優れたものですが、人間が読んだり書いたりするのには使いづらいものです。一方、HTML5は、読んだり書いたりなど人間が扱いやすい仕様になっています。どちらの仕様を推奨していくべきかという議論がW3Cでなされましたが、この議論ではHTML5にJavaScriptを埋め込み、標準仕様にするという結論に至りました。これは非常に画期的なものでした。

その後、様々な仕様が考案されたこともあり、現在私たちが自由に使えているWebの世界、すなわちWebがインターフェースになって様々なものが動き出す世界がスタートしたのです。

それから10年ほどが経ち、IoTの時代が到来しました。IoTやWebに関しては様々な歴史がありますが、ここで大切なことは、「オープンな標準インターフェースは人類にとって大きな財産である」ということです。IoTの時代は、ビジネスとビジネスを繋ぐ時代とも考えることができます。標準化されていない企業独自のインターフェースが混在していては、ビジネスをつなぐ際にそれが障壁となってしまう可能性があります。標準インターフェースが浸透していれば、ビジネスとビジネスが繋がり、世の中に新たな価値を生み出していくことができるようになるのではないでしょうか。つまり、IoTの時代では、誰でも使えるオープンな標準インターフェースをいかに設計し、普及させ、そして人々にそれを理解してもらえるようにしていくか、ということが特に重要になってくると考えています。

あらゆる機器がWebでつながる世界とは

ITRA株式会社 執行役員 山田宏樹
山田

W3C(ウェブ技術の標準化を推進する団体)が2020年4月に"WoT architecture"という仕様書を勧告しましたが、IoTとWoTの関係はどのようなものなのでしょうか。WoTでモノがWebを通じてつながることと、IoTでモノがインターネットを通じてつながることは、一見すると似ているように感じています。

神奈川工科大学 創造工学部 教授 一色正男
一色氏

IoTは、モノ同士をインターネットでつなぐことを意味します。つまりIoTでは、PCやスマホが、家電製品などのモノと、インターネットを介してデータを交換します。
そんなIoTを実現するひとつの手段として考えられているのがWoTの概念であり、これはモノ同士をWebでつなぐことを意味しています。つまりWoTでは、PCやスマホが、家電製品などのモノと、それぞれが有しているWeb機能を介してデータを交換することになります。WoTは、インターネットでデータを交換する際に、Webページに使われているデータ、すなわちHTMLという言語をモノ同士で交換するので、「意味をつなぐ」と考えることもできます。

ITRA株式会社 執行役員 山田宏樹
山田

たしかにWebでは、文字データ一つひとつにHTMLで「意味」を持たせています。私たちが見ているWebサイトも、文字データ一つひとつが意味付けされているのできちんと表示されているのですよね。WoTの世界では意味付けされたWeb同士をつないでいるので、「意味をつなぐ」という考え方ができるということですね。

神奈川工科大学 創造工学部 教授 一色正男
一色氏

そういうことになります。

インターネット・アカデミー カリキュラム開発局 木村哲
木村

WoTでは、家具や家電製品がWebページのようなものを内蔵していて、そのページにアクセスすることで、直接家電や家具をコントロールできるようになるということでしょうか。

神奈川工科大学 創造工学部 教授 一色正男
一色氏

そうなることが望ましいですが、そこまで設定が追い付いていないというのが現状です。木村さんのおっしゃる通り、WoTの世界では、PCやスマホ以外にもあらゆる家具や家電製品がWeb機能を有している必要があります。しかし、現時点ではWeb機能を搭載している家電製品はまだまだ少ないので、WoT時代の到来には時間がかかりそうです。

ITRA株式会社 執行役員 山田宏樹
山田

WoTの時代では、すべての機器がHTTPでつながることになるのですね。

神奈川工科大学 創造工学部 教授 一色正男
一色氏

そうです。そのほうが仕組みとしては理想ですが、各社が長年使用してきた独自のインターフェースが山ほど存在しているので、まずはインターフェースを標準化していくことから始めなければならないので大変です。

ハードとソフトを融合し、新たなビジネスを創造

インターネット・アカデミー カリキュラム開発局 木村哲
木村

インターネット・アカデミーでは、家電製品などのIoT化を実現するための国際標準通信規格「ECHONET Lite」を用いたIoT技術を学べる講座を開講しています。私たちは、このような講座を通じてIoT人材の育成・教育に尽力していきたいと考えています。一色顧問は、これからのIoT人材育成・教育についてどのような考えをお持ちでいらっしゃいますでしょうか。

神奈川工科大学 創造工学部 教授 一色正男
一色氏

エアコン、テレビ、洗濯機など、私たちの生活の中には様々な家電製品が存在しています。IoT技術を活用して家電製品同士を連携させることができれば、より良い生活を実現することができます。

神奈川工科大学 創造工学部 教授 一色正男
一色氏

例えば、「住宅のIT化(スマートハウス)」の実現に向けてIoT技術は活用することができます。実際に、電気自動車の電気を住宅で使用できるようにしたり、太陽光発電で得た電力を住宅で使用できるようにしたり、災害時でも困ることなく電気を使えるようにしたりなどのアイデアは、少しずつ形になってきています。このようなビジネスはこれからどんどん広がっていくと考えられます。IoTの世界では、ハードウェアとソフトウェア双方のエッセンスを束ねていくことが必要になってくるため、エッセンスを束ねてビジネスをつくり出していける、そんなIoT技術者の育成が重要であると考えています。インターネット・アカデミーには、そのようなIoT技術者の育成や教育をけん引してもらいたいと思っていますね。

インターネット・アカデミー カリキュラム開発局 木村哲
木村

以前、インターネット・アカデミーでIoT体験セミナーを開催したのですが、その際、「ECHONET Liteに関連した身近にあったら面白いアプリ」をテーマにアイデア出しのワークショップを行いました。すると、地震が起きたら家中のドアを全部開けてくれるアプリや、子供がTVを観すぎていたら怒った顔文字が表示されるアプリなど、面白いアイデアがたくさん出てきました。ECHONET Liteを学んだ技術者がいると様々なアイデアの提案が可能になるのではないかと思いました。

神奈川工科大学 創造工学部 教授 一色正男
一色氏

生活者には生活者なりのアイデアがたくさんあります。また、ハウスメーカーの人々もそのようなアイデアをたくさん持っています。そのような様々なアイデアを集めたり、世の中に広めたりすることで、いろいろなビジネスを創造していくことできるようになるのではないでしょうか。

神奈川工科大学 創造工学部 教授 一色正男
一色氏

アイデアのひとつとして「見守りサービス」というものがあります。住宅内にはテレビや冷蔵庫など様々な家電製品がありますが、ECHONET Liteの技術を用いると、消費電力がどのくらいなのか等のデータをすべて拾えるようになります。それらのデータを集めて生活者にフィードバックするサービスが、この「見守りサービス」です。

例えば、電気の使用状況に異常があった場合、これまでは管理会社やサポートサービスなど「見守る人」が住宅に駆けつけてその情報を生活者にフィードバックしていました。しかしこれからは、電気の使用状況などのデータをAIで解析し、その結果を生活者本人に直接フィードバックすることで生活改善につなげていくサービスも考えられるのではないかと思っています。同じ「見守りサービス」ではありますが、データのフィードバック対象が「見守る人」ではなく、「生活者」であるという点がこれまでのサービスと異なります。「生活者」に直接データをフィードバックするサービスについてはまだ研究段階ですが、技術的には実現可能なサービスです。このサービスを活用すれば、睡眠時間に大きな変化などがあった場合、「生活者」に早く寝るように促すなど、健康的な生活のサポートをしていくことができるようになるのではないかと考えています。

インターネット・アカデミー カリキュラム開発局 木村哲
木村

IoTを活用したスマートハウスの事例をいくつかご紹介していただきましたが、人口の多い都市部では他にどのような事例があるのでしょうか。

神奈川工科大学 創造工学部 教授 一色正男
一色氏

スマートハウスを紹介すると、どうしても一軒家をイメージしてしまうかもしれませんが、都市部では一軒家ではなく、マンションをイメージします。実際に、マンションの共用部と住人の住む部屋のセキュリティを連携させるサービスの提供が2005年頃から始まっています。共用部のインターホンと各部屋とがIoTで連携し、セキュリティ性を高めることができます。

その他にも、次のような事例があります。玄関にカギをかけると部屋のセキュリティシステムが作動し、部屋中の施錠を確認したり、照明やエアコンなどがつけっぱなしでないかを調べたりします。その後、お客様に施錠し忘れ等がないかの確認メールが送信されるという流れになっています。基本的なセキュリティシステムではありますが、お客様からの評判は良く、とても役に立っているようです。家に帰る前にお風呂を沸かすサービスなども出てきています。

このように、一見意外だなと感じるサービスが、実は人々の生活にとても役立つということは、IoTの世界の面白さなのではないかと思います。しかし、このようなサービスは誰でも創り出せるわけではないので、インターフェースをしっかりと扱えるソフトウェア技術者が重要になってくるのです。

ECHONET Liteのこれから

インターネット・アカデミー カリキュラム開発局 木村哲
木村

現在のところ、ECHONET Liteでは家の中から家電製品と通信することを原則としていて、別サービスなどと連携しないと家の外から通信することは難しい仕組みになっています。今後、ECHONET Liteのみで家の外から家電製品と通信することは可能になるのでしょうか。

神奈川工科大学 創造工学部 教授 一色正男
一色氏

各社、専用の自社サーバーを利用して家の外からの通信を提供しています。誰でも使えるように家の外からの通信を標準化していきたいと願っています。

神奈川工科大学 創造工学部 教授 一色正男
一色氏

現在は、スマートフォンとHEMSをつなぐために各社専用のサーバーを介するサービスになっています。スマートフォンとサーバーをつなぎ、サーバーとHEMSをつなぐという基本設計で、今のところ、セキュリティ面で最も安全な設計になっています。さらに、GmailサーバーやLINEサーバーとHEMSをつないで家電製品と通信する技術はすでに活用されています。各社のサーバー間をより連携しやすくするためにWebAPIを公開しましたので、より繋ぎやすくなると期待しています。

ITRA株式会社 執行役員 山田宏樹
山田

ECHONET Liteに関する別の質問なのですが、今後海外展開をしていくにあたっての課題や障壁などにはどのようなことが考えられるのでしょうか。

神奈川工科大学 創造工学部 教授 一色正男
一色氏

ECHONET Liteは標準インターフェースになっているので、海外でもある程度の地位は理解されています。しかし、日本ではECHONET Liteを搭載した機器が次々と登場して1億台まで来ました。海外への普及はこれからです。現在、ECHONET Liteが標準インターフェースであるということを強くPRし、海外への普及を進めていくことが大切であると考えています。

「IoT×AI」の先には

ITRA株式会社 執行役員 山田宏樹
山田

IoTの大きな役割のひとつとして、「インターネットの中でデータをセンサーのように集めていくこと」があるのではないかと考えています。AIを用いれば、それらの集めたデータを活用することができるため、AIのさらなる発展という観点から、これはIoTの重要な役割なのではないかと思っています。しかし、特にHEMS、スマートハウスのデータは個人情報ばかりなので、情報漏洩が起こらないようにセキュリティ面にはより注意が必要です。これらを考えると、スマートハウスにおけるIoT技術のAIへの貢献は難しい一面もあるのではないかと思うのですが、これに関して一色顧問はどうお考えでしょうか。

神奈川工科大学 創造工学部 教授 一色正男
一色氏

データを活用する際には十分注意が必要で、個人が特定されないように使うことは当然ですし、そうすべきです。現在、住宅内のあらゆる家電機器のデータを集め、それらのデータから何がわかるのかなどの研究を少しずつ始めています。IoTで集めたデータをAIで分析すると様々なことがわかることは事実ですし、それらを活用することで世の中が便利になったり、よりよい生活を実現できたりすることも事実です。IoTの技術は人間の生活をサポートしていく技術、人間を幸せにする技術になっていくと思っています。

インターネット・アカデミー カリキュラム開発局 木村哲
木村

例えば、「双極性障害」という病気があります。この病気の特徴は、異常に調子のよい「躁(そう)状態」と調子の悪い「うつ状態」を繰り返すことです。生活リズムが崩れやすいことが病気の原因となりやすいとする研究結果も知られています。そのため、生活リズムを矯正することがひとつの療法として認められています(対人・社会リズム療法)。ですが、治療に必要な生活リズムのデータなどは患者自身が日記を書いたりすることで集めているため、相当な労力がかかり大変であるといわれています。しかし、スマートハウスなどのIoT技術を用いて患者の生活リズムのデータを収集することができれば、医者や患者の負担を軽減することができるようになるのではないかと考えられます。これこそ、人間の生活をサポートしていく技術といえるのではないでしょうか。

神奈川工科大学 創造工学部 教授 一色正男
一色氏

医療的な観点とIoTの観点の双方を知っているからこそ出てくる素晴らし考えだと思います。おっしゃるように、すでにわかっている広い知見と新しいIoTの時代だからこそわかってくる知識を掛け合わせることで、生活の中にある様々なことの本質が見えてくるようになるのです。このことを理解できている人はまだまだ少ないので、多くの人に伝えていきたいと思っています。多くの人が多くのことを知り、多くのことをできるようにしていくことで、少しずつ世界が良くなっていけば嬉しいですね。

インターネット・アカデミー カリキュラム開発局 木村哲
木村

講座を開発しながら、IoTは現実の問題にアプローチする新しい手段なのだなと感じました。しかし、どう活用すれば人々を幸せにできるのかは、まだまだ分かっていない部分も多いのではないでしょうか。

神奈川工科大学 創造工学部 教授 一色正男
一色氏

そうですね。それにIoTは、まだまだ技術者が不足しています。IBJグループがECHONET Liteを普及し、技術者育成をしていくことで、この技術が世界に広まれば、多くのアイデアが集まり、様々な解決策が生まれていくことでしょう。IBJには期待しています。IBJで技術を習得した人が、新しい住宅サービスや医療サービスや他の分野のサービスなどを多く開発して、人を幸せにするすてきな世界を創り出して下さるとうれしいです。

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